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大内峠の句碑 その一

     
  • ジャンル:町の歴史・文化
  • 更新日:2013年3月13日(水曜日) 07時42分
  • コンテンツID:7-379-99622
木崎樗句碑

天橋立を横一文字に眺めるまちの名勝、大内峠の妙見堂には、この地を訪れた与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑のほか、参道にはたくさんの句碑を見ることができます。
大内峠は昔から紅葉の名所であったためでしょうか、秋の俳句を刻んだ句碑が多いなか、石段の中ほどに一基、地元俳人による無季(季語の無い)俳句の句碑が残っています。

 一ひけばまつそれでよし松六里  樗

作者は木崎樗。本名を木崎清三といい、嘉永三年(一八五〇)、当時の弓木村に生まれました。『岩滝町誌』によれば、若くして出奔して京都や東京で商人として活動し後に帰郷、晩年になって俳句に親しんだといいます。俳号は大内峠の別名である樗嶺にちなんだものでしょうか。
句中の「松六里」はもちろん天橋立の松並木のこと。大内峠から見る橋立の大パノラマ、その美しさを絵にするには、ただ一筋「一」を引けばまずは事足りる、と詠んでいます。
古来より天橋立の見方、楽しみ方はさまざまですが、真横に眺める「一字観」ならではの一句といえます。
また、かつて丹後に滞在した与謝蕪村がこの地を離れるにあたって描いた「天橋図賛」は、まさにこの句のような描かれ方をしています。極太の一刷毛で橋立の砂洲をあらわし、薄墨で松の幹と葉を簡略に描いており、俳句的な省略の極みといえる一作です。

与謝野町教育委員会

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