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聞かざる地蔵

     
  • ジャンル:町の歴史・文化
  • 更新日:2011年4月22日(金曜日) 09時34分
  • コンテンツID:7-379-48151
 

「聞かざる地蔵と右坂峠」

 宮津湾の内海である阿蘇海に面して密集する岩滝の集落と京丹後市大宮町森本を繋いだ旧道は、右坂(又は鬼坂)の峠道と呼ばれ、丹後半島の内陸部と日本海航路を結ぶ交通の要衝として古くから利用されてきました。今もなお、道路の多くは残され、往時の様子を忍ばせる痕跡を随所に見ることができます。室町時代の絵師、雪舟の描いた「天橋立図」には、岩滝の集落から背後へ続く険しい山道が描かれていますが、これは、現在の大内峠ないしは右坂峠へ続く道のいずれかと考えられます。今は、右坂峠頂上付近には板列展望台が建てられ、そこから岩滝の街並みと阿蘇海、さらにその奥に一字観の天橋立を見下ろす景観が広がります。丹後半島内陸の集落から峠道を越えて岩滝を訪れた往時の人々もこのような景色を目の当たりにしたのでしょう。
 現在、峠道の頂上には丹後縦貫林道が横切り、その路傍に石仏が一つ安置されています。右膝を立てて頬杖をつき、左手に錫杖を持つ地蔵菩薩像が蓮座に腰掛ける姿が半肉彫りされ、全体の高さが60cmほどある石塔です。頭部の山形の特徴からも、室町時代以降に多く造られた板碑の一つに分類されます。 
 この地蔵尊像について、江戸時代に書かれた丹後地方の地誌「丹可府誌」は、丹後守護職一色氏の家臣、大江越中守が寄進した千躰の地蔵尊像の一つ「聞かざる地蔵」として、左坂の峠にある「見ざる地蔵」、宮津市文殊の夕日浦に伝わる「言わざる地蔵」とともに「三ざる地蔵」として語り伝えています。

聞かざる地蔵【きかざるじぞう】
■場所
 与謝野町字岩滝
■指定等の状況
 未指定文化財/工芸品

 

与謝野町教育委員会

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