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神宮寺境内の芭蕉句碑

     
  • ジャンル:町の歴史・文化
  • 更新日:2015年5月14日(木曜日) 13時42分
  • コンテンツID:7-379-284645
神宮寺の芭蕉句碑

 石川の神宮寺境内には、松尾芭蕉の早春の一句を刻んだ句碑が残っています。

 春もやヽ気しきとヽのふ月と梅 芭蕉
 (はるもややけしきととのうつきとうめ)
               甫尺拝書

 厳しい冬が終わり、空には月が朧に霞み、地上では梅の花がほころび、ようやく春の気配がただよい始めたようだ、と春の到来を喜ぶ句です。
 芭蕉が丹後を訪れたかははっきりせず、元禄六年(1963)に詠まれたこの句も当地を題材にしたものではありません。ただ同じ句を刻んだ句碑は全国各所に50基以上存在しており、地域を限定しない、普遍的な一句といえます。
 「甫尺拝書」の添書きにあるように、句碑の筆跡は建立者である江戸時代中期の丹後俳人・甫尺(ほせき)(生年不明~1804)によるものです。
母親が岩屋の出身で宮津に生まれた甫尺は若くして画才を発揮し、宮津藩の御用紺屋白杉家の下絵職人を経て京都に出て、与謝蕪村と交流のあった三浦樗良(みうらちょら)に俳諧を学びました。蕪村の影響を思わせる俳画を多く描いたことから「丹後蕪村(たんごぶそん)」とも呼ばれました。
 蕪村が芭蕉を敬愛したように甫尺もまた芭蕉に傾倒し、「奥の細道」の旅を辿って各地を歩きました。芭蕉がかつて訪れた土地を題材に、芭蕉の句を下敷きにした俳画などを残しています。
 晩年の甫尺は宮津に戻って丹後の俳人たちと深く関わり、芭蕉の顕彰につとめました。神宮寺の句碑はその活動の一環として、芭蕉俳句の普遍性を広く伝えるべく建てられたのではないでしょうか。
 
 

与謝野町教育委員会

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